2009年10月10日

とざい、とーざい。

 『大奥 第五巻』を読む。史実に於いても強烈極まりない印象を残す犬公方・綱吉の後半生を描く巻。昼ドラよろしく極めて生臭く始まったこの段が、実は一人の女にとって如何に過酷なものであったかを、その身に負わされた責務「出産」に集約していくあたりがもう物凄い。愛児の死を嘆くもならずただ次々と男を宛がわれる彼女を、救い出せる者は誰一人無いのだ、現実世界の遊女でさえ身請けの機会はあるというのに。さらにその後に来る閉経という一生理現象をかくも無残に描いた話がかつてあったろうかと、作者の容赦ない筆に感服するばかりである。
 そして後半、元禄といえば…な一大イベント『忠臣蔵』。このテロ事件(と、あえて言うが)については故・杉浦日向子氏の『吉良供養』(『『ゑひもせず』所収)に詳述されているが、ここでも男の論理の暴走として真っ向憎む綱吉ひとりが炙り出される寂寥といったらない。実際、仇討を唱えながら先触れも無しに無防備な屋敷に押し入り、主君を守ろうと必死で立ち向かう人々を集団で惨殺、死体をさえ辱めた鬼畜の所業としか思えないのだが。げに情け無きは演出過剰な舞台に踊る情報弱者という話だわな、昔も今も。
 そして今だ姿の見えない家宣・家継の登場を前に、物語の発端がちらとその才を見せるワンシーンがあってちょっと一息。男女逆転世界の行く末と史実のアレンジ、さていかなる道行きになりますやら、まずは柝の音あっていったんの幕とかや。
posted by 司葉柾樹 at 19:52| Comment(0) | 読書
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