2010年03月12日

そして夜明けは来ないだろう

 まだ十代のその昔、ドがつくほどハマって読みふけった作家が、ある日ショッキングな事を述べられた。正確に記憶してるワケではないから要旨になるけれど、以下のように。
 「作家というものは、若い頃は湧き出るアイディアで作品を生み出す。しかし年老いてくると斬新な案が尽きてしまう者が多く、経験に培われた文章力を用いて料理し直して見せるようになる」
 スティーヴン・キングがそういう作家になったのは、いつからだったのか。
 確か『IT』とかあのへんの、やたらに長いのを書き始めた頃にはもう、そんな気がしないでも無かった。丁度こっちの体力にいろいろ問題の生じた時期だったこともあったので、そこからずんずん疎遠になって、最近文庫で出た短編集を手にするまでまるで意識にのぼらなかったのだが。
 『夜がはじまるとき』。
 直前に出た『夕暮れをすぎて』の、これは見事なセルフコピーだった。構成も似たり寄ったりで、しかもほぼ全ての作品に於いて前者のほうが出来がいい(昔のアンソロジーに収録された作品を除いて)。何かこう、幕の内弁当のランクが違うのを並べたと言ったらイメージかもしらん…と、感興も何も無くなってはたと気付くに、かつてわくわくと読んだ初期短編の佳作良作名作がずらずらと脳裏に浮かぶ。作家なればの「タッチ」というレベルではない、同工異曲、まさにそれ。
 …阿刀田高さん、貴方が短編小説を(ほぼ)棄てたことに落胆し不平を鳴らした若き日の僕をお許しください。いやマジで、好きな作家がこんな風に年齢を重ねたと知るのは辛いっすなあ。
posted by 司葉柾樹 at 00:00| Comment(0) | 読書
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